近藤は声を荒げ怒鳴るだろうか。いや、強張った顔でわずかに眉を寄せ、心底分からないといった風に呟くのだ。
──なんで?
 なんで。
(総悟がいるから大丈夫だろ。俺がいなくてもちゃんとあんたを支えてくれる)
──ちょっ、待てって、意味わかんねェ。なんで?俺ぁ当然トシも一緒に来るもんだと……。
 心臓が波打つ。タバコが吸いたい。ダメだ、手が震えているのがバレてしまう。
(別に不自然じゃねェだろ?ずっと一緒の職場で四六時中顔つき合わせてるほうが稀なんだ。俺があんたの副長じゃなくなるだけで、あとはなんも変わんねェよ)
「あんたの副長じゃなくなるだけで……」
 無意識に口の中で呟いていた。眉間のシワが深まり、硬く目を閉じた。煮込まれすぎた鍋がグツグツと耳障りな音を立てる。
──ここに残ってまでなにがあるんだ?
(真選組があるだろ)
 きっと近藤には一生理解できない。
(俺が残るのは、真選組の局長はあんただからだ)
 グツグツグツグツ煮詰まった音が土方を責め立てる。
(他人にあんたの名前を汚されるなんて俺には我慢できねェよ)
 馬鹿げてる。近藤がそんなことを望んでいるはずはないし、気にも止めないだろう。それでも土方には「そんなこと」と割り切ることが出来なかった。真選組の名とそこに残る近藤の名こそが土方の喜びであり誇りだった。
(だからあんたとはここまでだ……)
 硬く閉じていた目をゆるめ、そろりと前を見る。湯気の中で溶け消えそうな近藤が口を開こうとした。ダメだ。土方はその先を拒絶する。感覚のない指先が細かく震え、箸が転がり落ちた。視線を落とし転がった箸に手を伸ばすが上手いこと拾えない。まだダメだと、畳についた手を握りしめる。
 それこそ何千と繰り返してきた覚悟が未だ決められない。
 汗ばんだ額を軽く拭い、顔を上げたときにはすでに近藤の姿は消えていた。落とした箸を元に戻す。あらかた食べ終えたふぐちり鍋に松平がご飯と溶き卵を流し入れている。
「とっつぁん」
「なに、食う?」
「今の話、まだ完全に固まっちゃいねぇんだろ」
 例えば伊東の些末な失敗で容易に頓挫するような。
「なにするつもりよ」
「俺はなにも」
「怖いねェ」
 寄越した松平の視線がにやりと笑った。松平としては初めからそうさせるつもりだったんだろう。そのつもりで誘っておいてその態度か。改めて食えないおっさん。と、土方は口角を歪める。だが余計なことは口にしないに限る。互いのためにも。
「で、食うの食わないの?」
「いや、いい」
「お前なーぁ。食わねェからつまんねぇよ。やっぱマヨか。マヨがないとダメってか」
「じゃあ次は局長も誘ってくれよ」
 口先だけ拗ねる松平に軽く笑ってみせる。ふぐ雑炊が椀によそわれ土方の前に置かれた。じっと見つめ続ける松平に土方は肩をすくめる。
「……なんだよ」
「いやぁ?別に?」
 いつも鋭い松平の眼光が和らいでいることに気付き、バツの悪さに土方は顔をしかめた。ひどく自分が子供じみて思えてくる。バツの悪さを誤魔化すように、よそわれたふぐ雑炊を口に運んだ。出汁の効いた米が、とろりと固まった卵と共にほろほろと胃に落ちていく。忘れていた倦怠感と酔いが睡魔を伴い蘇ってきた。空になった椀から湯気が浮かんでは消える。自分のやることに優先順位をつけながら、土方は屯所に帰ってタバコを吸うことを考えていた。

─終─



   あとがき

 割と形や名前にこだわらない土方さんが、真選組と近藤局長だけには頑なであってほしいなぁ、という話。大事にするあまり、真選組に近藤さんがいるなら離れられるけど、近藤さんがいなくなったらなにがなんでも留まるんじゃないか、と。自己犠牲のすぎる土方ならあるかもしれない。トッシーが言った「働いたら負けだともう」が一番許せないんじゃないだろうか。
 でもどこまでも近藤さんについてくんだろうなと思います。それもいい。
 そして個人的に、ある意味メインなのが徳川に分厚い忠誠を持つとっつぁんです!なんか申し訳程度でしたけど!