「そう残念がるなよ。痕が消える前にまた会いに来てやるぜェ?てめェの大事なモンでも可愛がりになァ」
「高杉……!」
然しその先の言葉が続かない。吐き出した声は情けないほどかすれていた。とっくに自由になっている刀も抜くことが出来ないでいる。
「それまでせいぜい大事にしとくんだな」
煙が視界を遮る。高杉の白い肌がゆっくりと路地の一際深い闇に飲み込まれ行った。細められた目と、歪められた口が、近藤をあざ笑う。いなくなると知りながら、追うことも、捕らえることも、自分から触れることも出来ない。ただ、闇の中に戻る高杉の姿を見届けるしか出来なかった。
やがて揺らいでいた煙も、吸い込まれるように消えていった。これで本当に何も見えなくなってしまった。澱んだ空気に溶けた煙草の匂いが近藤を絡め取り、その場を動くことができない。
ふと、足元の影が動いたことに気がついた。雲が動いている。
「近藤さん」
唐突に聞き馴染んだ声が夜を裂いた。驚いて声の主を見やる。空を覆っていた雲が流れ、隠れていた月が辺りを照らし始めた。それと同時にぼんやりと照らされた土方が姿を現した。
「……トシ」
「そんなとこで突っ立て、どうしたんだよ」
「いや……、なんでもない」
月が出ても路地が作り出した影は変わらず、深く冷たい。ふぅん、と呟いた土方はそれ以上追求せず、近藤の横に立ち止まった。
「お前こそ、どうしてここにいるんだ?」
「煙草が切れたんで、ちょっと買いにな」
そう言うと懐から真新しい箱を取り出し、一本咥える。ライターの火が一瞬だけ土方の顔を強く浮かび上がらせた。緩やかな曲線を描いて煙が昇る。
空中に不規則な白い線が引かれる。その線と線の隙間に、歪んだ笑みを作る口元が見えた。その上の、すべてを見透かしているような目が近藤に向けられている。その姿に思わず目を細めた。
「近藤さん?」
直接聞こえた自分を呼ぶ声で、はっと我に返った。煙の向こうで土方が怪訝そうに眉をひそめている。そこに高杉の姿がないことは解っていた。それなのに、たった数分の間の出来事がこんなにも脳裏に焼きついている。
「いつまでそこに突っ立てるつもりだよ。帰ろうぜ?」
「あ、あぁ……」
依然としていぶかしむような土方に、近藤は曖昧に微笑んだ。
「そうだな、帰るか」
先に歩き出した土方に促され、ようやく近藤もその場から足を踏み出した。歩く速度を速め、土方に追いつく。空気に流れる煙の奥にはちゃんと土方の顔がある。隣に近藤が来たことを確認した土方が笑みを作った。それに応えるように近藤も微笑む。
ふと視線を落とすと月に照らされ足元の影が長く伸びている。振り返ると深い闇を持つ路地が静かに佇んでいた。
─終─