夢が堕ちる

「俺はおまえの眼が一番好きだな」
 畳の上に寝転んでいる俺は目の前の男を見ながらそう告げた。心底執着するものには狂気が帯びるほど真っ直ぐに見据えるその眼が、俺は本当に好きだった。その眼差しが自分に向けられることはないと知っているから、余計焦がれたのかも知れない。事実、俺の声が聞こえていながら男は変わらぬ調子で何かを──恐らく刀の手入れを──続けている。
 男の横顔を眺めながらふっと笑みがこぼれた。一方的な想いを抱いているのにも大分慣れたな、と思う。一頃に比べれば余裕が生まれたのだといえるが、それよりかは諦めに近いのだろう。諦められるほどに成長したともいえる。
──可哀想だなァ、俺って。
 何故かそれが可笑しくてひとり苦笑していた。そのため俺は、男の言葉に反応するのに少しばかり時間がかかった。
「そんなに好きならくれてやろうか」
 軽い口調とともに男がこちらを向いた。涼しげな両の眼が俺を見据える。
「右と左、どっちがいいか言えよ」
 口角が上がり、男の口元だけが笑っている。男が手にしていたはずの刀はいつの間にかなくなっていた。
「相変わらず冗談がつまんねぇな」
 寝転んだままの俺は軽薄に笑って答える。男の唐突な申し出が、悪趣味な冗談だということはよく解っている。それでも俺は少し本気だった。
「左目がいいな」
「そうか」
 男の口の端が一層深く上がる。同時に白くて細い指が自身の左目へと動いた。男はどこか楽しそうだった。嫌な感覚が背筋を這いながらも、俺はその光景から目が離せなかった。
 指先が吸い込まれるように、するりと眼窩に入り込む。  笑い声が聞こえる。
 白い手は見る間に赤く染まっていく。
 俺は知らず知らずのうちに叫びだしていた。
「愛してるぜェ、銀時い」

 銀時は、はっと息を飲んだ。目の前には見覚えのある天井が広がっている。規則正しい雨音も聞こえる。それに重なり、カチンと金属の高い音も繰り返し聞こえてくる。軽く瞼を閉じ、上がっていた心拍数を落とす。小さな深呼吸を繰り返しているうちに、ようやく自分は夢を見ていたのだと認識した。
 外からの光で白い天井には梁の影と仄かなグラデーションがついている。雨が降っていても光は差し込むのだとぼんやりと思う。夢だったと自覚してからも意識だけ夢の中に置いてきたままのようだった。身体は現実にあるのに、その他の全ては夢の中に取り残される感覚に陥る。ゆっくりと瞬きをし、天井を見上げた。雨の匂いがする。
──こっちが現実か……。
 改めて確認し、銀時は重い体を起こした。
「なんだ、起きたのか」
 声は薄暗い部屋の隅からした。壁際の高杉が立ち膝で、自分の刀を弄んでいる。繰り返し聞こえる金属音はその音だった。さらに奥には火の点いた煙管がゆったりと煙をたなびかせている。
 その光景は悪寒を感じるほど夢の中の情景に似ていた。ただ高杉の左目に包帯が巻かれている点だけが違う。
「あ、あぁ……どのくらい寝てた?」
「さァな」
 高杉の態度が極めて素っ気ない。今でも生々しく感覚が蘇ってくるなか、現実での高杉の反応に銀時は安心を覚えていた。
「夢でな、てめェに愛してるって言われちゃったよ」
「そりゃ正夢にはなんねェな」
 いつもなら反論でもしたいところだが、今回ばかりは同感だった。正夢になんかならないに越したことはない。