胡坐の上に片肘をつきながら高杉を見やる。やはり左目には包帯が巻かれている。もう片方の眼はぼんやりと刀の動きを追っているようだった。柄が鞘から離れる音と再び納まる音が、時折雨音を遮断する。
「その左目ってどうしたんだっけ」
脈絡もなく銀時が尋ねたのは、当然夢のことが気にかかっていたからだ。攘夷戦争の最中に負傷したと考えられるのだが、何故かその記憶が曖昧にしか残っていない。失明するほどの怪我を憶えていないのは不自然だった。そのことが余計に、夢の出来事が現実だった事の証明に思えてならなかった。
「今更なこと訊いてくるんじゃねェよ」
高杉は退屈そうに右目を細める。
「嗚呼……ひょっとして自分がえぐりたかったか?」
指の腹で包帯を撫でると、喉の奥で低く笑った。
「お前、昔散々言ってたもんなァ。この眼が好きだってよォ」
左目をなぞっていた高杉の指が、包帯の隙間に入り込む。
夢とも現実ともつかない映像が脳裏を明滅する。高杉の行動を考える前に銀時の体が動いていた。
「や、めろって!」
震える手で高杉を制する。掴んだ高杉の指先には僅かに血液が付着していた。
「お前どうして、こう……そんな……」
自分でも何が言いたいのかまとまらない状態で、感情ばかりが溢れ出てくる。理由も解らず、ただ恐かった。強張る銀時を前にして、高杉の表情が激変する。
「はっ!イイねェ、その顔だよ!なァ知ってるか、銀時ぃ。俺ァお前ン中じゃその顔が一番好きなんだぜェ?」
「そうかよ。そりゃ見られて良かったな」
忌々しく吐き捨てた瞬間、高杉の手が乱暴に銀時の髪を掴んだ。強引に近づけられた高杉の顔には愉悦の笑みが満ちている。
「俺はてめぇンのなんか要らねェけどよ、てめェは違うんだろ?」
刻み煙草の甘い匂いが混ざった湿っぽい空気が思考を麻痺させる。肌蹴た着物から覗く、白い肌に淡く紫色の影が落ちている。葉を打つ雨の音は消えていた。
「言ってみろよ、俺の何が欲しい?」
銀時の喉から空気が漏れる。現実味のない浮遊感が全身を支配する。感じていた恐怖の正体が、おぼろげながら見えた気がした。
「じゃあ、てめェの命をくれよ」
突如高杉が甲高く笑い始めた。銀時を見る眼は見開かれている。
「珍しく最高だよ、お前!」
掴まれていた頭が突き放すように解放された。その反動で仰け反り、体勢を崩す。高杉の耳障りな哄笑に雨の音が重なる。いつの間にか雨脚が速くなっていた。
「くれてやるよ」
高杉は笑いながら傍に置いてあった刀に手を伸ばす。離れて見る高杉の顔は銀時の愚かさを笑っていた。
「愛してるぜぇ、銀時ィぃ」
外の光を鋭く反射させながら刀が走る。
笑い声は止まない。
吐き気を覚える。
悪夢と現実に違いなんてない。
──そうか。
銀時は微笑んだ。
「俺も愛してるよ」
─終─