「おい、ちょっと、何すんの!痛ァ!耳もげるかと思った!」
「それくらいじゃ取れないって」
 強引に外した眼鏡は近藤の手の中に納まった。余計なものがなくなって、すっきりとした銀八の顔を近藤は覗き込む。
「眼鏡取っても見えんの?」
「見える見える。てめぇがサボっているのもよーく見えるから真面目にやりなさい」
「俺は先生の顔、よく見えてるよ」
 視界がぼやけているのか、近藤の言葉の意味を推し量ってのことか、銀八の眉間に皺が寄っている。
「目付き悪いよ」
「うるせぇな、見えねぇんだよ」
 言いながら銀八は片手で目頭を押さえると、目を瞑った。やはり表情が見えない。向けてくるものは影の落ちた横顔と、本心を隠したわざとらしい表情だけだ。どうやらそれは、銀八が近藤を見ないようにしている結果のようだった。
「先生」
 二人きりしかいない教室で目の前の人物に呼びかける。どんな呟きも拾えるほど静かな空間に、近藤の声が必要以上に響く。接触不良の機械のように、間をおいて手の影から視線を向けてきた。
「俺も、銀髪にしよっかな」
「は?何言ってんの、いきなり」
 なんてことのない思いつき。もちろん本気でやるつもりなんてなかった。ただ、夕焼けに映える銀色の髪があまりに綺麗で、少しだけ羨ましくなったのだ。
「先生とお揃いにしてみようかと思ってな」
「キモっ!」
 冗談めかした言葉には笑って返してくれる。何度も見たよそよそしい笑顔を銀八は窓のほうに向けた。まただ、と近藤は思う。また見ようとしない。また顔を背ける。
「先生」
 窓から差し込む夕日は未だに強く、教室内がオレンジに満たされている。
「先生、ちゃんとこっち見てくれよ」
 ゆっくりとした動作で銀八の横顔に角度がつく。
「見てるよ」
 言葉が終わるのを合図とするように、近藤の右手が銀八のネクタイを掴んでいた。
「先生」
「近い」
「こうでもしないと俺のこと見てくれねェだろ」
 引き寄せた銀八の顔が焦点の合わない視線を向けてくる。
「どうしていっつもそうなんだ?こっち見ろよ。なァ!本当に銀髪にでもすれば見てくれるのか?そうすりゃ目立つだろ?人ごみでも目に付くだろ!」
 近藤自身が銀八の髪から目が離せないのと同じように。どうしようもなく目で追ってしまうみたいに。
「一向に終わらないと思ってたらそんなこと考えていたのか。お前馬鹿なんだからさ、無駄なこと考えてたら効率悪くなるだけだぞ」
「ちょっと、先生!」
 薄茶色の瞳がすっと透き通った気がした。その中に近藤の姿が映っていることに気付く。
「自分で思ってる以上に、お前の黒髪も目立ってるよ」
 そう言って、夕日に赤く照らされた顔は意地悪く笑った。

─終─



   あとがき

 夕日と銀髪って綺麗そうだなァ、と思って書き始めたのに最終的にこれ、髪の話じゃん。毛の話じゃん。と言う気がしてきました。あれぇ……?
 このところ、うじうじ悩みがちな話が多かったのでほのぼの甘目を目指してました。無理でした。書いていると必要以上に恥ずかしくなってくるんですよ……。そもそも甘い話ってどんなよ……。でも「先生と生徒」て良いよね。