「原田、お前ェ禁煙したんじゃなかったっけか。それともあれか、今は副長だからかィ」
「誰のせいだよ、誰の」
「書類仕事は本人がやってるんじゃねぇか。副長つっても大したことしてねぇんだろ」
「お偉方の前に出る大変さを知らねぇからそんなこと言えんだよ」
降って湧いた副長代行の苦労を思えば、止めた煙草に手が伸びるのも仕方あるまい。助手席の位置を動かしている沖田から不機嫌さが滲み出ている。沖田が副長をやりたいのも本気だとわかっているから、原田が一時的とはいえ任されたのが面白くないのもわかるが、別に原田が望んでなったわけではない。今回ばかりは自業自得だと、言いたいくらいだ。
「あれ、ちゃんと戻るんだろうな。局長も心配してたぞ」
「大丈夫だ、つっただろう」
「あんまり猫がマヨネーズ食べるのもよくないだろうになぁ」
マヨネーズが好物なのは相変わらずのようで、猫耳を生やした土方が大量のマヨネーズを食べる様を、猫好きな隊士たちがハラハラと見守っていた。原田が気になるのは、マヨネーズに覆われていたのが、いつもの土方ならあまり手を出さない鯵の開きだったことだ。なんとなく本物の猫に近づいていっているような、ぼんやりとした不安が芽生える。原田より近い距離にいる近藤はなおのこと不安だろう。どう思っているのか、沖田は不貞腐れたように助手席にふんぞり返っている。
「それより副長が局長の傍にいなくていいのかよ」
「さっきまで一緒だったからな。屯所で別れてきた。今頃は本物の副長んとこだろ」
沖田のまとう空気が、いいなぁとでも言いたげな、僅かに羨ましそうなものに変わる。これは少し可愛げがある。
「お前も難儀だなぁ」
「うるせぇよ、ハゲ。ハゲハゲ」
「おしゃれ坊主なので傷付きませんー」
戻ってきた隊士が、忽然と現れた沖田に卒倒しそうなほど驚いていて気の毒だった。荷物と一緒に後部座席に座るよう部下に指示する。いつの間にか抜き取った豚角煮まんを食べていた沖田が「そうだ」と今思い出したかのように口を開いた。
「廃駅の方に攘夷浪士がいるみたいだぜェ」
大変そうだったなぁと、今しがた別れたばかりの原田の顔を思い出す。十番隊隊長の仕事もあるのに副長業も兼任して、いかつい顔が二日目にしてげっそりしていた。こんな時こそ局長の自分が頑張らねばと決意も新たに、近藤はたい焼きの袋を握りしめる。
「トシー、差し入れー」
トシがにゃんこな内に、是非たい焼きを咥えてもらいたい!意気揚々とデジカメの電源を入れる。しかし部屋に土方の姿はなく、不思議に思いつつ見渡せば、庭に面する障子戸の人影に気が付くことができた。
「どんどん猫っぽくなってくなぁ」
日向ぼっこでもしていたのか、土方はあぐらの姿勢のまま背中を丸めて眠っていた。カメラを構える近藤に気が付いたみたいに、おもむろに尻尾が持ち上がり、近藤の足の上に落ちた。時々耳がぴくぴく動くが、依然として土方は眠っている。なんだろう、そんなに近藤にくっついていたいのだろうか。ここにいるよの意味も込めて、肩がくっつく距離で隣に座る。
「あーこれは寝る。寝ちゃう」
陽だまりの縁側は風がなく、陽気だけはすっかり春めいている。日に照らされた土方自身も暖かくて、半身から伝わってくる温もりを心地よく感じながら近藤もウトウトしたくなる。
自分の分のたい焼きを食べていると隣で身じろぐ気配がした。目を覚ましたらしく、近藤は低血圧な土方の寝起きを見守る。焦点の合ってなさそうな目を瞬かせ、くぐもった声で「たい焼き」と呟いた。ややあって改めて状況を理解した土方が、その距離に瞠目する。
「はよー。トシのもあるぞ。食べる?」
「いや、後で……なんか、近くねェ?最近やけに。なんだ、猫好きか?」
「そりゃ好きだよ」
へぇ、と土方の目が細くなる。
「なら完全に猫になったときはあんたに飼ってもらおうかな」
「いいの?猫のままとか絶対嫌かと思った」
「これは論外だけどな。まるっきり猫ならありかもな。どこに入り込んでも警戒されねぇし、逃げ足も速ぇ。密偵としちゃ有能だ」
「猫なのに働く気満々だな……」
もし土方の頬に猫の髭が生えていたら自慢げに膨らんでいることだろう。近藤が呆れていると、土方の表情が曇った。なにかに思い至ったらしく、あー……と曖昧な声を上げる。
「でもあんたの副長やれなくなるのは嫌だな」
微笑みかけた土方の顔つきが一変した。猫の耳はピンと尖り、視線は塀の向こう一点を見据える。土方の神経が急速に研ぎ澄まされていくのが近藤にもわかった。キリキリと五感が限界まで締め上げられていく。
声を出すのもはばかられる緊張感の中、近藤の内ポケットの携帯電話が震えた。表示される沖田の名前を見て、通話ボタンに指をかける。
『近藤さん』
沖田の応対は早かった。伝えようとする意思を感じ、意識が電話口に向いたその時だった。近藤の視界に何かが入り込む。塀の外から投げ込まれた物体を近藤が視認するより格段に早く、土方の刀が抜かれていた。
「一人だ。正面にも一人。たぶん車もある」
信管ごと真っ二つになった塊が庭先に転がる。端的に情報だけを告げた土方はしなやかな猫のように庭に走り出していた。投げ入れた犯人は土方に任せ、近藤は足早に玄関へ向かう。
「すまん、総悟。後でも大丈夫か?」
『もしかして青いプラスチックの塊みたいなやつですかィ』
「なんで」
近藤が聞き返すと同時に玄関で爆発音が起きた。