暫くどこかに姿を消していた土方がいつの間にか伊東の前に来ていた。裏がありそうなのは同感だが、それをこの男に言われるとカチンと来る。
「妙な先入観を持つのは危険だ」
「あらゆる可能性を考えに入れておくのも指揮する人間には必要だぜ、センセイ」
 苦虫を噛み締め土方を見る。言い返したいところだが今は無意味に突っかかっていく時ではない。周囲の目もある。
「で、どうするつもりだ、君は」
「これから一番隊を連れて店内に突入する。突入まで店周辺の隊は動かさねぇ。俺たちが入った後、外の隊の指揮をあんたがしてくれ」
「……っ」
 思わず悪罵しそうになり、かろうじて飲み込んだ。骨張った指でずれてもいない眼鏡の位置を神経質に直す。
「……松平公からは待機の指示だったはずだ」
「待機じゃねぇ、人命優先だ。言ったろう、裏がある、て。このまま睨み合ってたところで事態はよくならねぇ。やつらが何か仕掛けてくる前に叩く」
「それのどこが人命優先だ。いたずらに人質の危険を上げているだけじゃないか」
「人命優先だからこその判断だ。何かあってからじゃ遅ぇんだよ」
「中の様子もわからないのにか?」
「店の間取りはわかっている。おおよそは掴める」
「馬鹿馬鹿しい。話にならない」
「てめぇにゃ無理でも俺ならできる」
 なにをそんなに急いているのか。そんなに手柄がほしいか。湧き上がる苛立ちが抑えきれずに伊東の口を突く。
「それならそれでもっと時間をかけて作戦を詰めていくべきだ。君は自分を過信しすぎる」
「五分後に店の裏に回る。あんたは俺たちが入ったら出入り口を固めてくれりゃいい」
「君もわからない奴だな。賛同できないと言ってるだろ」
「それから鬱陶しいマスコミのヘリも何とかしておけ」
「土方ッ」
 絶えず周囲に気を張っていた土方が伊東を見据えた。
「あんたの賛同を得たいんじゃない。命令だ。俺の指示に従ってもらう」
「僕は君の部下ではない!」
 周りを気にかける余裕もなく伊東は声を荒げた。土方を真っ向から睨み返す。衝突した視線は互いに退かない。
「いいや、あんたは今、俺の部下だ。近藤不在の今全ての権限は俺に委ねられる」
「僕は近藤さんとも対等のつもりだが」
 伊東の肩を土方が乱暴に掴んだ。その目は鬼気とした気配を放ち伊東を睨む。吐き出せない怒りを持て余しているかのようだ。伊東は顔をしかめた。そんなに近藤を自分の手で守りたいか。
「健気だな、土方。滅私奉公か。見返りも求めず。相手のことを第一に行動する」
 どこまでも不遜な男。
「……と君は自分では思ってるんだろう?自分だけが一方的に耐え、甘受していると、感じているんだろ」
 鈍い痛みが左肩に食い込む。
「てめぇには、関係ねぇ」
「そうだ。僕には、まったく関係がない」
 頭の中で携帯電話が鳴っている。チカチカとLEDの明かりが点滅する。ディスプレイには見知った名前。
「自分がどれほど恵まれているか、君は……」
 何でもかんでも持っているくせにまだ足りないのか。
「はいっ、そこまで!」
 声と同時に誰かの手が伊東の頭を包んだ。グイッと引っ張られ離された土方との間に、近藤が姿を現した。
 息が止まるかと思った。
 近藤はすぐに手を離し、伊東と土方の背中を軽く叩いた。
「はいはい、喧嘩しない!なに、お前ら、ひょっとして俺がいない間ずっとそんなだったの?」
「喧嘩じゃねぇよ」
「どうせトシがまた自分の考え曲げないで突っ走ろうとしたんだろ」
 信じられないが、間違いようもなく近藤だ。伊東は呆然と近藤の横顔を見る。土方が近藤に「悪いな、迎えに行けなくて」などと告げている。帰ってきてほとんどすぐ、ここに向かったのだろう。スーツのジャケットの代わりに隊服の上着といった出で立ちになっている。ネクタイを解きながら近藤が口を開いた。
「さっき、とっつぁんのとこ行ってきたけど、トシ呼んで来いってよ。連絡がとれなくて怒ってたぞ」
 土方は面倒くさそうに眉をひそめ「わかった」と短く溜め息を吐いた。伊東に一瞥をくれたが何も言わず立ち去った。攘夷浪士のパフォーマンスも終わり、レストランは数分前と同じ状況になっている。
「先生には交渉のほうに行ってくれ。あいつらの腹の内を暴いてほしい」
「犯人グループからは初めの要求以降、こちらの呼びかけにはまったく反応がないらしいが」
「とっつぁん、俺たちよりやんちゃだからなぁ……」
 話は聞いているのか、松平の対応を思い出し近藤が苦笑する。